【中高生にもわかるノーベル賞・光遺伝学】植物研究と医学研究から生まれた、脳の制御をするコラボ技術!【生理学・医学賞】

脳のスイッチを光で操作する 「光遺伝学」

2026年のノーベル賞ウィークがはじまりました!

初日は「生理学・医学賞」です。
この賞は、人間の体のしくみ(生理学)や病気の原因・治療(医学)について、世界を変えるような大発見をした人に贈られる賞です。

今年は、「光遺伝学(Optogenetics)」という技術の開拓に貢献した3人の研究者が受賞しました。

光遺伝学とは、特定の神経細胞に光応答性タンパク質の遺伝子を導入し、光を当てることでその神経細胞だけをオン・オフできる技術です。

この技術によって脳科学研究や、精神疾患研究は大きく進歩しました。

例えば、

  • 記憶はどの神経回路に保存されているのか
  • 恐怖はどの神経細胞群が生み出しているのか
  • 報酬や快感はどこで感じるのか
  • 睡眠と覚醒はどの回路が制御しているのか

などを調べるために使われています。

光を感じる仕組み

人間を含む動物が光を感じるしくみは、これまでの研究でかなり明らかになってきています。

光を感じるセンサーの役割をしているのは、網膜の視細胞にあるロドプシンというタンパク質です。その中のレチナールという色素が、光を受け取るセンサーとして働いています。

視細胞に光が当たると、レチナールが反応してロドプシン全体の形が変わります。この変化が刺激となり、周囲のGタンパク質が司令塔のように働いて、イオンが細胞内に流れ込み、電気信号が生まれます。

この電気信号は神経細胞へと伝わります。脳の中に銅線が張り巡らされているわけではなく、実際にはナトリウムイオン(Na⁺)などのイオンが移動することで信号が伝わります。

つまり、ナトリウムイオンなどが通るチャネル(通り道)が開くことで、電気信号が流れ、神経細胞がオンになるのです。

人間の目に光が入ったときは、 光 → ロドプシン(レチナール) → Gタンパク質が活性化 → 神経細胞のチャネルが開く(電気が流れる) という流れで光を認識します。

神経細胞に電気が流れることは、その細胞のスイッチがオンになった状態ともいえます。光を受けてオンになった神経細胞の信号は次の神経細胞へと伝わり、こうした信号のリレーが脳の神経回路で次々と起こることで、「光が見えた」という情報が脳に届けられるのです。

3人の研究者の思い

カール・ダイセロス博士の思い ― 脳の謎を解きたい

人間の脳には約860億個もの神経細胞があると考えられています。
 - 感情
 - 記憶
 - 不安
 - 恐怖
 - 意欲

といった人間らしい機能は、どの神経細胞によって生み出されているのでしょうか。現在でも完全には解明されていません。

今回の受賞者の一人である カール・ダイセロスは精神科医でした。
研修医時代、精神疾患の患者を診察するなかで、
 「脳の中では何が起きているのか」
 「なぜ感情や認知がここまで変化するのか」
を知りたいと、強く思うようになったと語っています。

★「見える」だけでは原因は分からない
2000年前後になると、MRIなどを使って脳活動を画像化する技術が発達しました。
例えば、
 - うつ病患者では前頭前野(脳内の特定の場所)の活動が低い
 - 恐怖を感じると扁桃体(脳内の特定の場所)が活動する
といったことが分かるようになりました。
しかし、活動していることが分かっても、それが本当の原因とは限りません。

★ 従来の方法の限界
研究者たちは、
 - 電極を刺す
 - 薬剤を投与する
などの方法で神経細胞を刺激していました。しかし、
 - 周囲の細胞まで刺激してしまう
 - 反応が遅い
 - 狙った細胞だけを操作できない
という問題がありました。
ダイセロス氏は、「特定の神経細胞だけを瞬時にオン・オフできる方法」を探し続けていました。

藻類の研究者 ペーター・ヘーゲマンとゲオルク・ナーゲルの思い

同じ頃ペーター・ヘーゲマンとゲオルク・ナーゲルは、クラミドモナスという単細胞の緑藻を研究していました。クラミドモナスには、
 - 光の方向へ泳ぐ
 - 光を避ける
 - 光の強さで行動を変える

という不思議な性質があります。研究者たちの疑問は「目も脳もない単細胞生物が、なぜ光の方向を知ることができるのか」でした。
この研究は、将来脳科学に応用するためではなく、純粋な基礎科学研究でした。

★ クラミドモナスには何が起きていたのか
研究の結果、クラミドモナスにも人間と同じタイプのロドプシンの一種が存在し、光への反応に関わっていることが分かりました。
ただし、人間の目のように複雑な信号伝達はほとんど行われていないことも明らかになりました。

このタンパク質は細胞膜にあるチャネルとして働き、光を受けるとチャネルが開いてイオンを通す仕組みになっていることが確認されました。

さらに、この種のロドプシンはチャネル型ロドプシンと名付けられ、2種類存在することも判明しました。とくに重要なのは2型(チャネル型ロドプシン2)で、今回の研究の中心となったのもこのタイプでした。

★ ダイセロスのひらめき
当時、ダイセロス博士は特定の神経細胞だけをオン・オフできる方法を探していました。そんな博士にとって、チャネル型ロドプシン2の発見は大きな驚きであり、「これを神経細胞で使えばよいのではないか」とひらめいたのです。

しかし、生きた神経細胞に特定のタンパク質そのものを直接入れることは容易ではありません。そこで博士が最終的に考えついたのは、神経細胞にチャネル型ロドプシン2を作る遺伝子を注入するという方法でした。
この遺伝子を注入された神経細胞は、自らチャネル型ロドプシン2を生成し、光に反応してチャネルを開閉するようになります。

実際に実験を行うと、神経細胞は光を当てた瞬間に反応しました。チャネル型ロドプシン2が開くことでイオンが流れ込み、神経細胞がオンになるのです。

★ 光遺伝学の誕生
こうして誕生したのが「光遺伝学」です。
例えば、ある神経細胞群にだけチャネル型ロドプシン2を注入し、そこへレーザー光を照射します。
すると、その神経細胞だけを狙って活動させることができます。
逆に活動を止めるタイプの光応答タンパク質も開発され、神経細胞をオフにすることも可能になりました。

★ 何が革命的だったのか
光遺伝学以前の脳科学は、脳活動を観察する→どの場所が働いているか調べる、という研究が中心でした。しかし光遺伝学によって、この神経細胞だけを動かす→どんな行動が起きるか、を調べることができるようになりました。脳内の神経細胞のネットワークと行動との関連がわかるようになったのです。

★ 藻から始まった革命
光遺伝学は、精神疾患を理解したい精神科医の研究だけから生まれたわけではありません。
その源流には、「単細胞の藻はなぜ光の方向へ泳げるのか」という素朴な疑問がありました。
藻類の基礎研究で見つかった光スイッチが、脳科学を変える道具になったのです。

2つの研究が生んだの生んだ脳科学の革命

精神疾患のしくみを知りたい精神科医と、 藻が光を感じるしくみを調べる生物学者。

一見まったく関係のない研究同士が結び付き、世界を変える発見につながりました。
今回のノーベル賞は、そんな科学の面白さを象徴する受賞と言えるでしょう。

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